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ボルシチの辻井さん

人と人を煮込み、ブランドを育てる。ボルシチPR代表・辻井国裕さんの22年【アウトドアで働く人】

コトパクシやウーフォス、そして新たに動き出したエレコムのNESTOUT。ジャンルも規模も異なるブランドを横断しながら、最前線でPRを担うのがoffice borshch代表・辻井国裕さん

2026年時で設立22年目。社員は置かず、すべてを一人で動かす“戦略型PR”の働き方をうかがいました。

目次

全部、一人でやるという選択

ボルシチの辻井さん

辻井さんの仕事は、いわゆるPR会社のイメージとは少し異なります。

組織化や分業を前提とせず、基本的にすべてを自分一人で担うスタイルを貫いています。メディアへの貸し出し対応、ブランドとの戦略設計、展示会の運営、プレスリリース制作、スタイリストとの連携。業務は多岐にわたりますが、それらを一本の線で管理します。

ボルシチの辻井さん

社員はいません。全部一人です。そのほうが早いし、ブレない。PRって鮮度が命なんですよ。人を挟むとどうしてもワンクッション入るし、責任の所在もぼやける。だったら全部自分でやるほうがいいんです。

ブランドの未来を考えるのも、メディアとの関係を築くのも、同じ線上にある仕事。分業するより、一本で見たほうが精度は上がると思ってます。

22年続く理由は、ここにあります。スケールよりもスピード。効率よりも責任の明確さ。一人であることは制限ではなく、戦略でもあるのです。

スポーツ少年だった辻井さんの原点

ボルシチの辻井さん
陸上推薦で入学した高校時代

名古屋で生まれ、横浜、千葉と移り住んだ少年時代。転勤族の家庭で社宅暮らし。環境が変わることは当たり前でした。

新しい土地、新しい人間関係。その中で、自分の居場所をつくる方法は、体を動かすことだったといいます。

勉強は本当にできなかったですね(笑)。でも無遅刻無欠席。部活もやめなかった。

小学校からやっていた野球は中学になったら周りがうますぎて、“これは無理だな”って思ったんです。だから中学の途中で陸上に転向しました。特別速いわけでもないけど、毎日走ることはできた。

結局、才能より続けられるかどうかだと思うんですよ。

この「続ける」という感覚は、その後のキャリアに直結します。派手な成功や劇的な転機ではなく、積み重ねる力。PRという仕事に必要な資質は、すでにこの頃に形づくられていました。

販売現場から、ブランドの内側へ

ボルシチの辻井さん

大学卒業後は薬局の販売員に。接客を通して、人と向き合うことの面白さを知ります。商品を“売る”というより、会話の中で信頼関係を築くこと。その感覚は、後のPRの原型でもありました。

2001年、代官山のセレクトショップでアルバイトを開始。ここで辻井さんは、販売の先にある“流れ”を学びます。仕入れ、展示会、ブランドとのやり取り、店頭での見せ方。商品が世の中に届くまでのプロセスを、現場の視点で体得しました。

ボルシチの辻井さん
20代後半、独立後に参加したレセプションパーティでの一枚(右が辻井さん)

売るだけじゃなくて、どうやって世の中に出ていくのかを見られたのが大きかった。ブランドって、作って終わりじゃない。届け方まで設計しないと意味がない。外から応援するだけのPRはやりたくなかったんです。中身を理解してないと説得力がないですから。

2004年に独立し、office borshchを設立します。単なるリース窓口ではなく、ブランドの立ち位置や将来像まで共有する“戦略型PR”という立場を、この時点で明確にしました。

ボルシチという屋号に込めたもの

ボルシチの辻井さん

「ボルシチ」という名前は、ウクライナ発祥の伝統的な煮込み料理に由来します。肉や野菜を時間をかけて煮込むことで味が出る。そのイメージが、辻井さんの仕事観と重なります。

いろんな素材が混ざって味が出る。それが面白いと思ったんです。ブランド、メディア、スタイリスト、バイヤー。立場の違う人たちが交わって、やっと新しい文化が生まれる。だから“煮込む”って感覚なんですよね。人と人を混ぜて、ちゃんと火を入れる。時間もかかる。でも、それが一番おいしいんです。

ボルシチの辻井さん

中目黒の拠点は、3階がプレスルーム、4階がギャラリー兼オフィス。かつては洋服とカフェを併設したショップ「ボニル」を立ち上げ、その後も空間づくりを続けてきました。

現在のギャラリースペースも、単なる貸し会場ではなく、人と人が交わる場として機能しています。

ボルシチの辻井さん
3Fのショールーム
ボルシチの辻井さん
4Fのギャラリースペース

場があると、人が動く。SNSだけじゃ足りない。実際に会って話すことで、熱量が伝わると思っているので、それを大事にしてます。

PRは情報操作ではなく、関係構築。その姿勢が空間づくりにも表れています。

扱うブランドと、変わらない基準

ボルシチの辻井さん
様々な人のライフスタイルに新しい価値観を提案するブランド「CIE」

現在担当するブランドは15を超えています。バッグブランドのCIE、アウトドアブランドのコトパクシ、リカバリーサンダルで知られるウーフォス。そして最近ではエレコムが展開するアウトドアギアブランドNESTOUTなど、ジャンルも規模もさまざまです。近年はアウトドア領域のブランドを担当する機会も増えました。

ボルシチの辻井さん
 “Gear for good” をコンセプトに『貧困から人々を救う』というミッションを掲げる「コトパクシ」

アウトドアはごまかしが効かないんですよ。フィールドに持っていけば、製品の良し悪しがすぐ分かる。だから面白い。ちゃんと作っているブランドは必ず残るし、PRもやりがいがあります。

一時的な話題よりも、継続的なポジション。そこにフォーカスする姿勢が、複数のブランドを横断して信頼される理由です。

拡大よりも、精度を選ぶ

ボルシチの辻井さん

22年という時間を振り返っても、辻井さんの答えは変わりません。

毎日ちゃんとやる。それだけですよ。ピンチは山ほどありました。でも、ピンチはチャンスって思わないとやってられません(笑)。

人を増やせば売上は上がるかもしれませんが、クオリティが落ちたら意味がありません。自分が責任持てる範囲でやる。それが一番気持ちいいんです。

一人でやることは、効率的ではない場面もあります。それでも決断は速く、責任は明確です。規模を広げるよりも、精度を上げる。その選択を続けてきたことが、いまのボルシチPRの立ち位置につながっています。

ボルシチの辻井さん

僕は特別な才能があったわけじゃない。ただ毎日やってきただけ。続けていれば形になりますよ。

煮込むほどに味が出るボルシチのように。辻井さんのPRは、今日も静かに人と人をつないでいます。

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