手間をかけて付き合う生活の道具を作る、ある夫婦のもとを訪ねた
カンッカンッカンッと、鉄を叩く音。昔はどの町にも鍛冶屋があって、日常の生活音としてその音が響いていた。農具や漁具、家庭の包丁を手掛ける鍛冶屋は野鍛冶と呼ばれ、山間なら狩猟刀やナタ、海辺ならマキリ包丁など、その土地の需要に合わせて道具を作っていたのだ。
「僕が生まれ育ったいわき市は海が近いので製鉄所や鉄工所もありましたが、それと関係なく野鍛冶は皆の生活に欠かせない職業として普通に存在していました」。そう話すのはいわき市を拠点として活動する鍛冶職人の鈴木康人さん。
(康人さんは自分の打った刃物に名入れをしないが、ランダムに背に刻みを入れる。狩猟ナイフ等、殺生の道具には無意識に多く刻みを入れているのだとか。)
(omotoの布ものイロイロ。服のほかにも、ハギレを何重にも縫って作られた鍋つかみ等も展開。)
御年57歳の彼は、布作家である妻、智子さんと共に、『omoto』というユニット名で鉄と布を素材とした生活道具を作っている人物である。ちなみにお二人ともいわき出身で、智子さんが仕事で使っている裁ち鋏の刃を研いでくれる人を探していた折、康人さんと出会ったのだという。しかし、康人さんはたたき上げの職人かというと、そうではない。彼は石津謙介氏に師事し、40歳まではアパレル業界に身を投じていたのだ。
「子どもの頃から趣味として刃物研ぎをやってはいたのですが、刃物作りに触れたのは30歳を過ぎてから。狩猟を始めて、その時に自分でナイフを作ったのが始まりでした。そうしているうちに40歳を超えてアパレルを離れ、親の介護という名目もあったのでいわきに戻りまして、刃物研ぎとして生計を立て始めました」
その後、地元の野鍛冶、長谷川昭三氏のもとに通いながら鍛造技術を習得し、鍛冶職人としては遅咲きな45歳でそのキャリアをスタート。49歳の時にomotoを立ち上げたのだ。
「親方は野鍛冶なので、頼まれたら鍬でも包丁でも何でも作りますが、僕は今更親方のマネをしても死ぬまでに全てを習得できそうにない。なので生活に一番身近な刃物である包丁やナイフをメインに作っています」
(イギリスの修道院のナイフと星座が描かれた菜切り包丁。一本一本その時の手の向くまま個体差を良しとして作っている為、工業製品にはない味わいがある。)
上手に作るのは全国にいる熟練職人達に任せ、自分は従来の職人とは違った切り口で、自分なりに楽しんで使える刃物をつくりたいと語る康人さん。そんな想い通り、彼の手から生み出された製品は個性的で野趣あふれるものばかりだ。
つくるのは、長く使い続けられる普遍的なモノ
”生活の中の布と鉄”を作るomoto。その名前は縁起物とされているユリ科の植物『オモト(万年青)』に由来する。昔から鈴木家ではオモトを栽培しており、かつての温室だった所が現在の鍛冶場となっている事や、万年青という漢字が、智子さんの行う藍染の布を用いたものづくりとも重なるという事もあり、自然とその名前に行き着いたのだそう。
(智子さんは康人さんの作った包丁を使い、康人さんは智子さんが作った作業着を着用。omotoの道具は、もちろん鈴木家の生活にも溶け込んでいる。)
生活の道具に主眼を置き、日々ものづくりに打ち込んでいるお二人。目指すは流行で消費される使い捨てのモノでなく、何度でも手を入れて長く使い続けられる普遍的なモノだ。omotoではシーズンに合わせて新作を出すようなことはなく、新しいモノが出来た時に出して、それ以外は、微調整を加えながら既存のモノを真摯に作り続けるだけだという。
「破れれば直すし、生地が薄くなったら継ぎをあてるし、色褪せたら染め直す。そうやって大切に着られる服を作りたいんです」
(タグ代わりの赤いステッチには、着る人と赤い糸で繋がるようにという想いが込められている。)
(右は定番の、藍染めの『上っ張りワンピース』。左はユニセックスで着られる柿渋染めの『種まきシャツ』。omotoがつくる服は表情豊か。)
昔の野良着に見られた、藍染め、柿渋染め、刺子など、日本の伝統技法を用いて作られるomotoの服。一見和風にも見えるが、そのデザインはミレーの『落穂ひろい』の絵にあるようなヨーロッパの労働服をモチーフにしたものも多いのだという。そんな独特の感性から生まれる服には、情緒的な雰囲気が漂っている。
大量生産の時代とは相対するモノづくり
omotoの商品は殆ど二人で作っている為、量産できるものではない。それに、康人さんはその日作りたい刃物を作るというスタイルをとっているため、安定供給というのが難しい。自分達のペースでものづくりをしたいので、基本的には服も刃物も年数回開かれる個展やイベントでしか販売してないのである。
(ウルと呼ばれるイヌイットの万能包丁は、omotoを代表するアイテムの一つ。中には、持ち手に友人のイラストレーターtomotさんの焼き絵が施されたものも。)
「他の職人さんから言わせればふざけた話だと思うのですが、刃物だけの展示会には絶対出しませんし、専門店には置きたくないんです。omotoの製品は“生活の道具”としてあるので、使ってなんぼ。道具好きの中には飾って楽しむという方もいらっしゃいますが、それでは道具が可哀想。錆びても破れても良い。僕等が生きているうちは刃物も服も直してあげるから、どうか道具としてずっと使ってあげて欲しいですね」
photo : Hiroyuki Kondo text : Junpei Suzuki
HUNT Vol.12