ハンモック・シェルター小史
ハンモックをアウトドアで使う可能性を革新的に高めたのは、1999年に設立された Hennessy Hammock でしょう。
それまでにもハンモックは軍の放出品を中心にアウトドアで使われてきましたが、同社はタープとバグネットと本体を一体化させたオールインワンのシステムを打ち出し、ハイキングのような野外のアクティヴィティでもハンモックを積極使用できる方向性を明示しました。
日米のULハイカーもこの時期の Hennesy に注目しています。とはいえ、この段階ではハンモックはまだまだマイナーな道具でした。
そんな状況が2000年代後半以降に変化します。アメリカでウルトラライト系メーカーのブームが落ち着いてきたのと入れ替わるように、Hennessy に影響を受けた人たちがインディペンデントなカタチでハンモック関連の道具をつくりはじめたのです。特にハンモックを固定するためのツリーストラップ周辺の工夫には驚くべきものがあり、ハンモックギアの進化はツリーストラップの進化だと言っても過言ではないほど、多くの知恵が蓄積されていきます。
2011年には『The Ultimate Hang』という書籍も出版され、ハンモックキャンピングに関するギア&ティップスの成果がまとめられています。こうした流れを受けてハンモック熱が2015年頃から大手メーカーにも飛び火して、現在に至るのです。
ハンモックに注目が集まってきた原因のひとつとしては、アメリカ東海岸におけるダニによるライム病の拡散も関係しています。
ダニ対策のためには、寝床を地面から離して眠ったほうがいい。そのため、東海岸のアパラチアン・トレイルでは、テントやタープではなくハンモックを利用するスルーハイカーもめずらしくありません。
実際には、近年のアメリカを例に出すまでもなく、昔からハンモックは宿泊に適した実用的な道具でした。
パックラフトと同様に、ハンモックも軍用の放出品を使うところから始まっており、ジャングル戦で軍隊が使う道具としての歴史はもっと長いわけです。
中南米では生活の道具として、日々の睡眠にハンモックが使われています。決して雰囲気の道具ではなく、リアルな道具なのです。
日本の自然とハンモック
一方で、日本にはハンモックを日常生活において張る歴史や文化はありませんでした。アウトドアで使おうにも、「キャンプ場や森林限界を超えた山では張れないじゃないか」と疑問をもつ人も多いことでしょう。
しかし、冷静に日本の自然を眺めてみると、ハンモックにうってつけな条件が揃っています。
たしかに森林限界を超えるとハンモックは張れませんが、そもそも日本の山々は木々に囲まれた樹林帯のほうが圧倒的に広いわけです。
同時に傾斜が急で湿度が高く雨もふりやすいので、テントを張るのに適した水はけのいい平地は少ない。こうした条件はテントよりもハンモックに適しています。
むろん、幕営指定地の問題など法令上の制限もありますが、こと自然条件に関してはハンモックと日本の地理との親和性は高いのです。
また、ハンモックだと地面を整地する必要がなく、環境負荷が少ないところも見逃せません。
「固定点となる木が傷むのでは?」と心配する人もいるかもしれませんが、平らなテープをツリーストラップとして使う限り、ダメージはほとんど生じません。
それでも木への負担が気になるならば、カットした薄手のスリーピングパッドやウレタンマットを養生として使用すれば、何ら問題はないでしょう。
このように、自然環境に人の痕跡を極力のこさずに野営をする「Leave No Trace」の思想を、最も実践しやすい道具がハンモックなのです。
ただ、日本だとこうした理解がまだまだ広まっていません。そこで現状を変えていくためには、とにかくハンモックを体験してもらうしかないと考えています。
そのなかで最初にとりあげるべきは、ハンモックギア全般を総合的に展開している専門メーカーの eno(eagle nest outfitters) でしょう。